「上級生から殴られるのがいやだった」
そんな落合だが、本来はプロ野球選手になるつもりなどまったくなかったというのが面白い。
本書でくわしく書かれているとおり、プロに入るまではドロップアウトの連続だった。秋田工業高校の野球部では、上級生から事あるごとに殴られるのがいやで、やがて練習をサボるようになった。
高校卒業と同時に東洋大学の野球部に入ったものの、ここでも部の古い体質が気に入らず、入学式を前に合宿所を飛び出す。それから秋田に帰って2年間をすごした。一時は兄が支配人をしていたボウリング場に入り浸り、プロボウラーになろうと考えたこともあったという。
社会人野球の東芝府中に入ったのも、そもそもは20歳を目前にしてそろそろ働かねばと思ったからだった。臨時工として入社してしばらくは毎日朝から夕方までみっちり仕事をし、野球で飯を食おうという気はまったくなかった。1年後には、給料が安いなどの理由で一旦はやめようと決心したという。
姉から怒られて思いとどまったが、2年後もまたやめると言い出した。このときも泣きつかれ、3年後はさすがにやめると言わなくなる。野球部で四番打者に定着したのはこのころだった。当時の東芝府中は弱小チームで、好きにやらせてもらえたおかげもあり、落合は頭角を現す。入社3年目には南関東大会で優勝、MVPに輝き、都市対抗野球にも初出場する。
https://news.yahoo.co.jp/articles/3221a766b8ce5fa390540054e231fcfc1ae87959?page=2
そんな落合だが、本来はプロ野球選手になるつもりなどまったくなかったというのが面白い。
本書でくわしく書かれているとおり、プロに入るまではドロップアウトの連続だった。秋田工業高校の野球部では、上級生から事あるごとに殴られるのがいやで、やがて練習をサボるようになった。
高校卒業と同時に東洋大学の野球部に入ったものの、ここでも部の古い体質が気に入らず、入学式を前に合宿所を飛び出す。それから秋田に帰って2年間をすごした。一時は兄が支配人をしていたボウリング場に入り浸り、プロボウラーになろうと考えたこともあったという。
社会人野球の東芝府中に入ったのも、そもそもは20歳を目前にしてそろそろ働かねばと思ったからだった。臨時工として入社してしばらくは毎日朝から夕方までみっちり仕事をし、野球で飯を食おうという気はまったくなかった。1年後には、給料が安いなどの理由で一旦はやめようと決心したという。
姉から怒られて思いとどまったが、2年後もまたやめると言い出した。このときも泣きつかれ、3年後はさすがにやめると言わなくなる。野球部で四番打者に定着したのはこのころだった。当時の東芝府中は弱小チームで、好きにやらせてもらえたおかげもあり、落合は頭角を現す。入社3年目には南関東大会で優勝、MVPに輝き、都市対抗野球にも初出場する。
https://news.yahoo.co.jp/articles/3221a766b8ce5fa390540054e231fcfc1ae87959?page=2
【【プロ野球】<落合博満>秋田工業高校の野球部では「上級生から殴られるのが嫌だった」やがて練習をサボる..】の続きを読む