Red★速報

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    江川卓

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    1: Red★速報 2026/07/27(月) 22:03:39.61 ID:0WZOCiFM9
    https://news.yahoo.co.jp/articles/6260cc32e4c77d0781278fc4f1a86af93817d32d

    《大谷翔平や佐々木朗希超えの回転数も?》 巨人OBが明かす「江川卓168キロ説」の真相と“昔と今の球速差”

     投手の球速は時代とともに更新され続け、150キロ台は珍しい数字ではなくなった。

     一方で、過去の名投手たちの球速は現在の基準で測ればどうだったのかという議論は今も尽きない。

     巨人OB同士の何気ない会話をきっかけに、長年語られてきたテーマへ再び注目が集まっている。



    元巨人の高橋尚成氏と清水隆行氏が対談

     7月20日に公開されたYouTubeチャンネル『高橋尚成のHISAちゃん』で、元巨人の高橋尚成氏と清水隆行氏が対談。「リーグ優勝を果たした2002年の巨人VS今年の阪神」の仮想対決でトークが盛り上がる中、話題は当時と現在の投手の球速へ移った。

     現在は150キロを超える投手が珍しくなくなったことについて、高橋氏が「でもさ、それはテクノロジーが発達してて、スピードガンも良くなってるからじゃないの?」と切り出すと、「清水氏も「あれ同じ物差しで測れてんの?」と計測基準が昔とは異なるのではないか、との疑問を投げかけた。

     これを受け、高橋氏は「あの当時の選手の誰もが江川は速かったっていうけど、140ちょいしか出てない」「球場によってはスピードが出るところと出ないところがあった。甲子園は右ピッチャーは出るけど左ピッチャーはあんまり出ないでしょ。逆に広島市民なんかは左ピッチャーがすごく出るとか」と、当時のスピードガン表示がそのまま現在の投手と比較できないという持論を展開した。


     この話題については、江川氏自身も以前から見解を示している。

    「過去のラジオ番組で、江川氏はスピードガン表示について、『昔はバッターの打つところを表示していた。今は初速といって、ピッチャーが投げる瞬間が出る』と説明。その違いによって、昔の表示は現在より13~15キロほど遅く表示されていたと私見を述べています。

     さらに自身のYouTubeチャンネルでは、現役時代に神宮球場で153キロを記録したことがあるとも語っており、ファンの間では『江川168キロ説』としてたびたび話題となってきました」(スポーツ紙記者)


    江川氏の速球は大谷や佐々木朗希を上回る回転数

     この議論を後押ししたのが、2022年に放送された『羽鳥慎一モーニングショー』(テレビ朝日系)だった。番組では、1981年9月9日の大洋戦で江川氏が投じたストレートをAIで解析。当時144.5キロと表示されていた一球について、実際は約158キロ相当だったとの検証結果が紹介されている。

    「大谷翔平の165キロを打者がバットに当てていることから、野球ファンの間では“史上最強説”に懐疑的な声が出ていました。実際、『羽鳥~』で解析された江川氏の速球は大谷や佐々木朗希を上回る回転数だったことが判明。

     数字以上に打者が速く感じていた可能性があると紹介されていました。ベテランの記者たちからは、現在の計測方法であれば堀内恒夫氏や江夏豊氏の球も160キロを超えていたのではないか、という指摘もよく聞かれます」(スポーツライター)


     ネット上でも、「150キロが当たり前の時代になったと思ったら、測定方法が違うのか。だったら数字だけで比べるのは難しい」「江川の映像を見ると140キロ台とは思えなかった」「往年の名投手が今なら何キロだったのか興味がある」といった声が上がっている。

     高い数値が出るほうが、投手も気持ちがよく、ファンも盛り上がれるだろうが、一方で計測方法の違いを踏まえると、過去の数字をどう受け止めるべきかという議論は今後も往年の名投手が語られるたびに繰り返されることになりそうだ。

    【江川卓の全盛期は現代の佐々木朗希以上だった?球界OBが明かす伝説の速球の真実】の続きを読む

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    1: Red★速報 2026/07/21(火) 23:27:35.04 ID:nr2bOi2r9
    https://news.yahoo.co.jp/articles/6e2a4571c651912ba3fdf898ace8985c973def1e

    江川卓氏が32歳で引退の理由明かす「入るときは大変でしたから。辞める時はすんなりと」プロ野球レジェン堂出演


     プロ野球、巨人OBの江川卓氏(71)=野球評論家=が21日放送のBSフジ「プロ野球レジェン堂」(火曜後10.0)に出演した。

     4月の出演では、いわゆる空白の一日など、入団前のエピソードが豊富過ぎて、プロ入り前までの話で2週分の収録時間が尽きてしまった。2度目の出演は巨人入団後について、フリーアナウンサー、徳光和夫(85)に語った。

     現役はわずか9年、32歳での引退だった。

    「肩を痛めていて、次の年(現役を)やったら(1年目の成績の)9勝10敗を下回ると思ったからです。(10勝を切ったら)2年目でも辞めようと思っていましたから」

     現役最終シーズンとなった1987年の成績は、26試合に投げ、13勝5敗、防御率3.51だった。

     「まあまあいい成績でしたが、その年は一生懸命、最後だと思ったやってたので。(引退の意向は)5月に決めた。家族には言ってました」

     ただ心残りがあるという。翌88年から巨人の本拠地が後楽園から東京ドームに移った。

    「最後、小早川君(広島)に打たれなかったら、割り切って、ひと桁(勝利)でも東京ドームでやってみるかと思ったかもしれない。小早川君に恨みとかないですよ。うまく打ったなと思いましたね。見事な選手だったと思います」

     1987年9月20日の広島戦(広島)の九回、小早川毅彦にサヨナラホームランを浴びて引退を最終決断した。

     その試合は調子がよく「来年いけるかな、これに懸けようと思って投げていた。これを打たれたら終わり、抑えたらもう1年という感じで投げたんですけど、見事に打たれたので、やめなさいということだと」。法大の後輩、小早川にはこの試合2発を浴びた。

     徳光アナが「生涯の仕事をそんな簡単に辞められるんですか」と聞くと「それまですごく考えているんですよ。肩を痛めてからずっと。満足しない投球が5年ぐらい続いていましたから。プロのボールじゃないと」と振り返っていた。

     徳光アナが「もっと見たかった」と告げると「(プロに)入るときは(空白の一日があって)大変でしたから。辞める時はすんなりと」と苦笑いしていた。

     通算成績は266試合登板、135勝72敗3S、防御率3.02、獲得したタイトルは最多勝、最高勝率2回、最多奪三振3回、最優秀防御率1回だった。

    【【野球】「怪物」江川卓が32歳で電撃引退した本当の理由…「入る時は大変、辞める時はすんなり」の真意とは】の続きを読む

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    1: Red★速報 2026/07/16(木) 19:17:27.53 ID:vWyYRrqi9
    https://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2026/07/16/articles/20260716s00001173292000c.html

     元巨人エースの江川卓氏(71)が14日に放送されたBSフジ「プロ野球 レジェン堂」(火曜後10・00)にゲスト出演。「沢村賞、一回とりたかったな」と現役時代の悔いを正直に語った。

     今から45年前の1981年シーズン。当時プロ3年目だった江川は20勝6敗、防御率2.29、221奪三振という素晴らしい成績を残した。だが、沢村賞の選考から漏れる。

     「沢村賞をとった方は優秀なピッチャーで。西本っていう人なんですけど」。

     実際に沢村賞投手となったのは1学年下にあたる巨人のチームメート、西本聖氏(70)だった。同年、西本の成績は18勝12敗、防御率2.58、126奪三振。こちらも好成績だが、数字はどれも江川のほうが上。西本が上回ったのは西本が257回2/3、江川が240回1/3だった投球回数ぐらいだった。

     これについて、江川氏は「この話、すっごい面白いと思うのは、沢村賞だってことで(記者会見の)会場に呼ばれてたんですよ。そこで受賞のスピーチをしてくれってことで呼ばれたんですよ、記者の方に。それで発表を待ってたらなんかざわざわざわざわして。なんだろう…って。“違います”って言うんですよ。“何が違うんですか?”“あなたじゃない”」と生々しい現場のやり取りを明かし「あなたじゃないってどういうこと?みたいな。それで発表になったら西本くんだったんですよ」と続けた。

     当時は東京運動記者クラブに所属する記者投票で沢村賞が決められていた。

     江川氏は「当時は発表になってなかったんですけど、記者が20人か30人いらっしゃって。1位が3点かな。2位が2点なのかな。そういう点数を入れたらしいんですね。で、みんな江川卓、大嫌いなんで、当時は。だからみんな“俺ぐらいはいいだろう”っていうんで“俺は(1位を)西本くんに入れて次は江川にしよう”ってやったらしいです、あとから分かったんですけど。で、足していったら西本くんのほうが上いったらしいです。で、西本くんが沢村賞」と当時、日本列島を巻き込んで大騒動となった一件を改めて説明した。

     「そうなの…と思って。沢村賞、一回とりたかったなと思って…」

     いわゆる「空白の一日」を経ての巨人入りで“ダーティー”なイメージだったプロ入り当時の江川。

     番組MCを務める旧知の徳光和夫(85)が「我々の印象ではね、あれだけ投げて沢村賞とれなかったっていうのはアンチ江川だった人間が“それはないだろ!”というような声は随分聞きましたよね。そこから本当の江川ファンが生まれてくる」と慰めると、江川氏は「じゃあ、もらわないほうが良かったっていう話ですか?」と冷静に質問。徳光は「まあ、そうじゃないかなと思うんですけれども」と苦笑いで返した。

     これに江川氏は「僕の案は、2人にくれればいいじゃん!と思ったですよ。西本が悪いわけじゃない。西本もそのラインに達してるんだから。なんで1人なの?2人にすればいいじゃん、そんな規定ないんだから」と当時の正直な胸中を吐露。

     これに苦笑いの徳光が「そういう考え方が報道陣にしてみれば可愛くないわけですよ」と口にすると、江川氏も「そうでしょうね」と納得。

     「今はそう思います。可愛くなかったんだろうなーと思いますよ」とした上で「でも一番大きかったのはその“沢村賞事件”…事件とすると、そのことがあったんで、沢村賞の選び方が変わったんですよ」と翌年の1982年から記者投票ではなく沢村賞受賞者たちによる選考方式に変更されたことに触れ「だから、なんでも僕が原因で変わってるんですよ。ドラフトも変わって逆指名(制度)ができて」と自虐も込めて笑わせていた。

    【【悲報】怪物・江川卓、沢村賞と無縁だった理由が今さらながら切なすぎる件】の続きを読む

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    1: Red★速報 2026/07/12(日) 23:02:20.25 ID:671Sfc859
    https://news.yahoo.co.jp/articles/f305011443a0d111b228a157b4c27ce1cb1d4fc9


     プロ野球、巨人OBの江川卓氏(71)=野球評論家=が7月14、21日放送のBSフジ「プロ野球レジェン堂」(火曜後10.0)に出演する。収録を終えたMCの徳光和夫アナウンサー(85)がこのほどサンケイスポーツの取材に応じた。

     江川氏は4月に同番組に初出演。いわゆる空白の一日の真相などを明かし、大きな反響を呼んだ。エピソードが豊富過ぎて入団前までの話題で収録時間が終了し、異例の〝延長戦〟が決まった。

     今回は孤立から始まった巨人でのプロ生活、地獄の伊東キャンプ、電撃引退の真相などを語った。

     徳光は長嶋巨人再建の第一歩となった伝説の伊東キャンプにプロ2年目の江川が参加したことに触れ「秋季キャンプをやることによって、江川を巨人の仲間にするっていう思いがあったんじゃないかと僕なりに感じました。江川も一生懸命取り組んだ。もうすごかったですよ」と長嶋監督の狙いについて自説を唱えていた。

     32歳での引退の理由を収録で聞き「江川の美学があったんだな、哲学があったんだなっていうことを今回知りました」としみじみ。


     そして「やっぱり1軍の巨人軍の監督として見たい」と指揮官江川誕生を熱望。

     「阪神に掛布待望論があるように、掛布と江川が阪神と巨人の監督として競い合う時代を、プロ野球界が作らなければいけない。そうなれば巨人-阪神はより面白くなるのではないか。可能性があれば、見てみたいね。年齢的にはまだ十分できる」と訴えていた。

     番組では第2回となる生トークイベント開催する。7月21日、昼・夜2公演で東京・有楽町のI’M A SHOW(アイマショウ)で、ゲストに掛布雅之氏、定岡正二氏、篠塚和典氏を迎え、徳光アナ、フジテレビ遠藤玲子アナウンサーが司会を務める。

     第1部の昼公演は「夏の甲子園と怪物・江川を語りつくす」で、第2部の夜公演は「伝統の一戦を語りつくす」となっている。

    【【悲報】徳光和夫、またも「江川卓・巨人監督待望論」を唱える……ネット民「令和やぞ?」】の続きを読む

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    1: Red★速報 2026/05/16(土) 23:53:24.89 ID:2pr3ME979
    https://news.yahoo.co.jp/articles/acde6d7aed2dce35369228be67a477dd3dc2a62b

    江川卓氏 ついに高校野球でも導入が決まったリクエスト制度に私見「アマは1回でいいと思う」


     元巨人の江川卓氏(70)が、自身のYouTube「江川卓のたかされ」を更新。高校野球でも今夏の甲子園から導入されるビデオ検証について私見を明かした。

     全日本大学野球連盟と日本高野連が「ビデオ検証に関する特別規則」を制定。高校野球では9イニングで1回、ビデオ検証を求めることができる。

     判定が変わった場合はカウントされず、2回目を求める権利が生まれる。2回とも成功しても3回目は認められない。

     延長戦に入れば新たに1回のみ要求が可能になる。

     リクエストはベンチからの伝令役の選手を通じ、球審に伝える。対象となる判定は、ホームラン、エンタイトル二塁打の打球、フォースプレー、タッグプレー(タッチプレー)、キャッチまたはノーキャッチ、フェアまたはファウルなど。

     江川氏はビデオ検証の導入自体は好意的だが「プロは2回だけど、アマは(成功しても失敗しても)1回でいいと思う」と私見を明かした。

     プロの場合は9回まで失敗は2回までで、成功すれば2回目以降もリクエスト出来る。

     ただ、江川氏は「スピーディーにやってるのが高校野球の良さなので」と、プレーを止めることになるリクエストは1回限りが望ましいと話した。

    【【怪物】江川卓氏、高校野球のリクエスト導入に苦言「アマは1回でいい。スピーディーさが美学」】の続きを読む

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