1: Red★速報 2020/09/03(木) 22:09:13.96 ID:CAP_USER9
「来年40歳になるんだけど、まさかこんなに楽しいとは思ってなかった。『身体が動かなくなって、野球を辞めているだろうな』と予想してたけど、実際は父親として我が子と向き合いながら、野球を楽しめている。
テレビで解説をしながら、選手としてプレーしている。昔は解説なんてとんでもなかった。100%野球に集中しないといいプレーができないと思い込んで、メディアと距離を取っていたから」
8月下旬、川﨑宗則(39)は都内で野球少年向けの動画を撮影していた。イチローに憧れて右打ちから左打ちに変えたこと。メジャー1年目の開幕戦、緊張しすぎてベンチで嘔吐(おうと)しそうになったこと。
「緊張してるか? 俺もや!」と声をかけてくれたイチローがその日、4本もヒットを打ったこと――身振り手振りを交えて話す川﨑は心底、楽しそうだった。
この直前、ルートインBCリーグの『栃木ゴールデンブレーブス』の練習に参加することが発表されたが、「つい先日、突発的に決めた」と笑う。
「上京するタイミングでお誘いいただいたんで『じゃあ、行きます!』って(笑)。ブランクはありますけど、走れているんで問題ないと思います。実はこのコロナ禍で〝夜ラン〟にハマりまして――
自宅近くのトラックのある公園でまずは100mを5本走る。心拍数を上げてからスティールの練習をして、ベースランニングをする。これを毎晩やってます。
楽天の涌井(秀章・34)くんは真夏でも練習メニューから全力ダッシュを外さない。『走ることが僕のトレーニング』と言ってますけど、すごくよくわかります。走ると、いろいろ整うんですよ。
動体視力も鍛えられるし、体力もつく。昨年、台湾リーグの『味全(ウェイチュアン)ドラゴンズ』でプレーしたときも、ブランクはあったけど、すぐに実戦感覚は取り戻せた。
大事なのは試合が始まって3時間、4時間経っても走れる体力があるかどうか、なんだよね」
甘いマスクに明るいキャラ、メジャーや台湾でプレーした実績を買ってオフには国内外の球団からオファーが殺到した。川﨑が栃木を選んだのには、タイミング以外にも理由があった。
「去年、栃木でプレーした西岡剛(つよし)(36)が背中を押してくれたんです。’06年のWBC以来の二遊間結成、あるかもしれませんよ!?(笑) いまだに僕は剛との二遊間が最強だと思ってますんで。
『剛、復活させるぞ!』『やりましょうよ、ムネさん』て、いつも話してますから。世間的には『川﨑はマジメで西岡はヤンチャ』というイメージだと思うんですけど、実は逆。僕のほうがチャランポランで剛は超マジメです。
剛のお父さんは熱血で厳しくて星一徹と飛雄馬みたいな感じ。野球に真っ直ぐ向き合っている。彼のそういうところに惹(ひ)かれるし、一緒にいて楽しい。年は僕がちょっと上ですけど、親友です。親友でブラザー。
〝夜ラン〟にも誘う予定ですが、アイツは絶対に来ますよ。むしろ、僕がサボろうとしたら『ムネさん、夜ラン行きますよ!』って引っ張ってくれると思う」
川﨑は5年間、メジャーでプレーした後、’17年にソフトバンクに復帰。しかし、自律神経失調症で思うようにプレーができず、’18年春に退団。そんな彼をグランドに引っ張り出したのも西岡だった。
「’18年オフ、剛は阪神を戦力外になってトライアウトを受けることになったんですけど、その直前に福岡に来たんですよ。戦力外になって自分も大変だったろうに、僕の病気のことを気にかけてくれて、たくさん連絡をくれた。
その彼が『ムネさん、練習を手伝って』と言う。いま、僕は80㎏あるんですけど、当時の体重は66~67㎏ぐらい。ガリガリに痩(や)せて、筋肉も落ちていたから『無理だよ』って断ったんです。
9/3(木) 8:32配信 フライデー
https://news.yahoo.co.jp/articles/2d5b3c7642007ef3048d0ad894dd8b5457b3a483
テレビで解説をしながら、選手としてプレーしている。昔は解説なんてとんでもなかった。100%野球に集中しないといいプレーができないと思い込んで、メディアと距離を取っていたから」
8月下旬、川﨑宗則(39)は都内で野球少年向けの動画を撮影していた。イチローに憧れて右打ちから左打ちに変えたこと。メジャー1年目の開幕戦、緊張しすぎてベンチで嘔吐(おうと)しそうになったこと。
「緊張してるか? 俺もや!」と声をかけてくれたイチローがその日、4本もヒットを打ったこと――身振り手振りを交えて話す川﨑は心底、楽しそうだった。
この直前、ルートインBCリーグの『栃木ゴールデンブレーブス』の練習に参加することが発表されたが、「つい先日、突発的に決めた」と笑う。
「上京するタイミングでお誘いいただいたんで『じゃあ、行きます!』って(笑)。ブランクはありますけど、走れているんで問題ないと思います。実はこのコロナ禍で〝夜ラン〟にハマりまして――
自宅近くのトラックのある公園でまずは100mを5本走る。心拍数を上げてからスティールの練習をして、ベースランニングをする。これを毎晩やってます。
楽天の涌井(秀章・34)くんは真夏でも練習メニューから全力ダッシュを外さない。『走ることが僕のトレーニング』と言ってますけど、すごくよくわかります。走ると、いろいろ整うんですよ。
動体視力も鍛えられるし、体力もつく。昨年、台湾リーグの『味全(ウェイチュアン)ドラゴンズ』でプレーしたときも、ブランクはあったけど、すぐに実戦感覚は取り戻せた。
大事なのは試合が始まって3時間、4時間経っても走れる体力があるかどうか、なんだよね」
甘いマスクに明るいキャラ、メジャーや台湾でプレーした実績を買ってオフには国内外の球団からオファーが殺到した。川﨑が栃木を選んだのには、タイミング以外にも理由があった。
「去年、栃木でプレーした西岡剛(つよし)(36)が背中を押してくれたんです。’06年のWBC以来の二遊間結成、あるかもしれませんよ!?(笑) いまだに僕は剛との二遊間が最強だと思ってますんで。
『剛、復活させるぞ!』『やりましょうよ、ムネさん』て、いつも話してますから。世間的には『川﨑はマジメで西岡はヤンチャ』というイメージだと思うんですけど、実は逆。僕のほうがチャランポランで剛は超マジメです。
剛のお父さんは熱血で厳しくて星一徹と飛雄馬みたいな感じ。野球に真っ直ぐ向き合っている。彼のそういうところに惹(ひ)かれるし、一緒にいて楽しい。年は僕がちょっと上ですけど、親友です。親友でブラザー。
〝夜ラン〟にも誘う予定ですが、アイツは絶対に来ますよ。むしろ、僕がサボろうとしたら『ムネさん、夜ラン行きますよ!』って引っ張ってくれると思う」
川﨑は5年間、メジャーでプレーした後、’17年にソフトバンクに復帰。しかし、自律神経失調症で思うようにプレーができず、’18年春に退団。そんな彼をグランドに引っ張り出したのも西岡だった。
「’18年オフ、剛は阪神を戦力外になってトライアウトを受けることになったんですけど、その直前に福岡に来たんですよ。戦力外になって自分も大変だったろうに、僕の病気のことを気にかけてくれて、たくさん連絡をくれた。
その彼が『ムネさん、練習を手伝って』と言う。いま、僕は80㎏あるんですけど、当時の体重は66~67㎏ぐらい。ガリガリに痩(や)せて、筋肉も落ちていたから『無理だよ』って断ったんです。
9/3(木) 8:32配信 フライデー
https://news.yahoo.co.jp/articles/2d5b3c7642007ef3048d0ad894dd8b5457b3a483
引用元:http://hayabusa3.2ch.sc/test/read.cgi/mnewsplus/1599138553/l50

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